人事部で働いていると、昇進の裏側がいやというほど見える。
候補者リストを眺めると、男性の名前の横には「伸びしろあり」「期待できる」といった言葉が並ぶことが多い。
実績が多少心もとなくても、「将来性がある」という一言で、あっさり次のポジションが用意されるのだ。
一方、女性の欄は「経験豊富」「安定している」。
ほめ言葉に見えるかもしれないけれど、人事的には“現状維持”の合図。
昇進理由ではなく、据え置き理由として使われてしまう。
こうして昇進レースのスタートラインは、知らないうちに男女で違う位置に設定される。
未来形と過去形の差
昇進会議の空気は、聞き慣れるほどわかりやすい。
男性候補については「やればできるタイプだから」「若いうちにチャンスを与えてみたい」と未来形の言葉が飛び交う。
女性候補になると、「この役職に必要な実績がまだ足りない」「もう少し経験を積ませたい」と過去形や現在形で話が止まる。
男は“見込み”で上がり、女は“結果”がそろって初めて上がる。
しかも、その“結果”のハードルがやたら高い。
売上や数字だけじゃない。人望、チームの安定、トラブルゼロ、コンプライアンス対応まで全部そろえて、ようやく昇進対象になる。
男性は単発の成功ひとつでポジションを得ることもあるのに。
評価するのもまた男性
そして、評価する側もほとんどが男性だ。
自分と似たタイプの若手に将来性を見いだすのは自然な流れなのかもしれない。
でも、その“自然”が、女性には不利に働く。
意見をはっきり言う女性には特に厳しい。
「あの人は扱いにくい」「和を乱す」とラベルを貼られ、重要な案件から外される。
どれだけ成果を出しても、昇進のチャンスは遠ざかっていく。
「さしすせそ」という昇進条件
そもそも、女性が昇進するには、実績に加えて**「さしすせそ」**を駆使する必要がある。
「さすがです」「知らなかったです」「すごいです」「センスいいですね」「そうなんですね」——
この、男性の自尊心を心地よくくすぐる相槌スキルだ。
これを欠く女性は、どれだけ数字を出しても“評価に値しない”と見なされることがある。
もちろん、そんな条件は昇進基準のどこにも書かれていない。
でも、現場では暗黙のうちに存在している。
女性の未来と無意識の割引
さらに厄介なのは、男性の評価の中に、必ずと言っていいほど「女性の未来」が混ざっていることだ。
結婚、出産、育児、体調の変化——本来なら社会全体で前提に組み込み、支えていくべきことだ。
なのに、それをなぜか“仕事上のリスク”として割り引いてしまう。
「いつか家庭の事情で辞めるかも」「長期休暇を取るかも」
そんな予測が、言葉には出されないまま評価に影響する。
本人のスキルや成果とは無関係に、未来像だけで判断が下されるのだ。
男性たちは自覚していないかもしれないが、それは確実に起きている。
実際に見たケース
入社3年目の男性社員が、実績らしい実績もないまま係長に抜擢されたことがある。
理由は「勢いがある」「若いうちに経験させたい」。
同じ会議で、8年目の女性社員は3年連続で売上目標を達成していたのに、「もう少しマネジメント経験を積ませたい」と見送られた。
この“もう少し”は、永遠に続く。
別の案件では、ある女性が大型プロジェクトの全体調整を担当していた。
スケジュール管理、関係部署との調整、リスク管理…全部こなした。
しかし、最後のプレゼンに出たのは男性上司だけ。
拍手と「素晴らしい仕事だった」は、全部その上司に向けられた。
そして彼は、翌年の昇進候補に名前が載った。
物差しを変える
この構造は、評価制度や数字だけでは変わらない。
評価の物差しそのものを変えなければ意味がない。
けれど、その物差しを握っているのはほとんどが男性で、無意識に自分たちに有利な尺度を使っている。
だから私は、自分が関わる評価会議では、女性にも未来形の言葉を使うようにしている。
「やればできる」「可能性がある」「今のうちに経験を積ませたい」
そういう言葉を一人でも多くの人が口にすれば、少しずつ構造は揺らぐかもしれない。
期待で昇進する男性と、実績+さしすせそ+未来割引を背負って昇進する女性。
この差を埋めるには、現場から物差しを変える小さな積み重ねしかない。
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